旅は続く。
山道とは言え、ほとんど高低差がない地形で、ラクラク、ユルユル、テクテクと歩いてる。
とても良い気分だ。
道は、時に狭くなり、時に広くなり、車が通れるようなところでないのが幸いしてるのか、前にも言ったように、家の庭やら、外やらがけじめがないような、分け目がないようなところがとても多かった。
しかも、家の庭を通るときは、当然ながら、そこに生活がある。
鶏が、あっちこっち走り回っていたり、仔山羊がチョロチョロしてたり、赤ん坊が一緒に遊んでいたり、とても楽しい。
もちろんお母さんもいてる。
洗濯モノを干してたり、いろんな家事をやってはる。
日本でも田舎に行ったら、こういう場所がある。
しかし、残念ながら、殆人が住んでいない。たまにいても年寄りが生き残ってるだけという悲しい現状だ。
ここではまだまだ暮らしがある。
まるで、陶淵明の「桃花源詩」の世界ではないか。
家の庭を通り抜けたら、峠道。
見晴らしのいい、丘の上には大きな木が植えられている。
そこには、旗が靡いていたり、蘇東坡みたなものが建っていたりもする。
何かな? って思いつつ通り過ぎる。
多分お墓だ。
昔の日本でもよくあったように、家の庭や畑の中、峠の空き地などにお墓がつくられているみたい。
死もまた、身近な人生の一コマである。
旅する人にも、そこに住む人にも、風が吹き抜ける。
絵ができた。
→戻しながら見る。
最初から見ていく。←
手繰ってみると、少しは長くなってきた。
印の説明
今回は2つの印。「桃花源詩」から一節を引用。
「犬鶏吠鳴」
人生もまた、一つの旅。
芭蕉の奥の細道の冒頭の一節を印にした。
片雲の風.
さて、どんどん歩こう。
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