さて、橋を渡ると。
橋をわたる。
小さな川だ。
早速、仏教伝来の地の標識がある。
日本が仏教の国になった、そもそもの地であるか。
百済からの使者がこの地を通ったということですかな。
つまり、難波津から船できたら、最後はここに着くということらしい。
前回紹介した万葉歌。
紫は灰さすものぞ 海柘榴市の、八十の街に逢へる子や誰れ
たらちねの 母が呼ぶ名を 申さめど 道行き人 誰と知りてか
にあるように、海柘榴市は交通の要衝であった。
北に向かう山辺の道、東に向かう初瀬道、飛鳥に向かう磐余の道・山田の道、西は二上山から大坂越え。
まさに四通八達の地であり、八十の街であったらしい。
古代物品交換の市がにぎわい、椿の街路樹が植えられていたらしい。
いまは、その影もないけど。
細い路を抜けて。
田んぼの横を抜けて。
小さく曲がりながら北に進む。
田舎道が良い感じ。
万葉歌の石碑のところに分かれ道があった。
道は逸れるけど海柘榴市観音さまに行ってみよう。
ただ道を歩くというだけではおもろないではないか。
民家の間を抜けて、奥まったところにある。
お地蔵さんがええですなあ。
ご本尊はお堂の中。
やっぱりお地蔵さん的だった。
どちらもええ感じ。
では、旅の無事を祈って。
次に進む。
元の道まで戻る。
このあたりの地図。
山辺の道の旅をユーチューブ動画にしました。ご覧下さい。
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