九度山暮らしのある日、高野七口の一つ黒河道を歩く-03、市平橋へ

久保小学校というのは明治9年創設なのだそうだ。昔はこんな山の中でも沢山の
人が住んでたらしい。一時期銅鉱石が発掘されて活況を呈した時代もあったらしい。
そういえば、弘法大師の言葉に玉川の水は毒があるから飲まないようにという
のがあるらしい。玉川というのはここを降りきったあたりの川ではないかと思う
けど、上流に毒虫がいるからというのだ。そんな事をいうはずはないと雨月物語
にもでてくる。しかし、もしかしたら銅鉱山からでる化合物が水流に混ざってたん
かもしれん。それに遙か昔には水銀も採れたらしく、丹とか丹生とかいう言葉が
人の姓や神社の名前などに残っている。
もう今は何も採れへんし、人の活況もなくなってしまった。
栄枯盛衰、諸行無常・・・。
昼休憩で英気を養ったはずやのに、中途半端でまだ空腹感が残ってる。腹が減ったら
人は弱気になるのだ。
で、下り始めたら山道が大きく開けた。

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畑跡のようなところだ。いやもしかしたら現役なんか?
ええ感じの耕作地になってるように見える。
東南アジアやったらあたり一面巨大な棚田ができてそうなところだ。
しかし、現役やとしたら、ここで米や野菜を育てるには良くても、その手入れや
収穫が大変やろなあって思う。
山際に桜が咲いて綺麗だ。
畑の真ん中に何かが祀られている。
畑の真ん中って言うのがようわからん。何となくスピリチュアルな雰囲気を味わってる
暇もなく道はどんどん下る。

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地図の等高線もかなりきつい。
この標識で、久保小学校から市平の村落への中間くらいか?

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おや、これってコンニャクの花が咲きかけなんやって?

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初めて見た。
道は更に下る。落ち葉が積もって滑るんでかなり歩き難い。

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「この下りは急やで、まだまだ先は長い」ってガイドさんが言う。
コンビニでもあったら何か買って食おうと思うけど、あるはずもない。
しばしばズルッてすべりつつ下方に向かう。こんな道、登りも大変やろけど降りも
えらいきついなあって思いつつ歩く。降りばっかりやから楽な一日やと思い込んだ
のがえらい誤算だ。先頭集団と後続集団の2極化がますます激しくなる。
先程、久保小学校でリタイアする人を調べてた。所々のポイントに車を配置して
落ちこぼれ組を拾っていく段取りらしい。今度は先ほどの標識あたりでお迎えが
いた。さすがに何人かがそこで帰っていった。やはり相当、足にこたえる行程
なんで、山爺さん、山婆さんたちでもリタイヤしたくなるほどなんやろ。
1時間以上下って、やっと川が流れる音がなんとなく聞こえ始めた。
もうすぐかな?
あの先を曲がったら?
まだまだ先が続く。
後から思えばこの行程が一番長くてつらかった。これが所謂太閤坂というやつ
らしい。
やっと、小さな集落が見えた。お堂の側に集合して後続組を待つ。これでちょっと休める。

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しかしトイレは次の市平橋まで行かんとないらしい。
後続は遅い。20分以上まってやっと、次のチームの人達と一緒にやってきた。
えらい元気でお喋りしながらやってくる。
で、合流したらすぐに出発。
こういう登山って遅れたら待ってはくれるけど追いついたらすぐに出発なんで
遅れた人は休む暇が無いのがおかしい。
ここから、橋まで僅かやろって思ってたら、ここからも急やでガイドさんに言われる。
急な道をさらに下ってやっと市平橋に着いた。

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ありがとうございました。