台湾、昔の日本の足跡にも出会う旅-08、霧社へ

休憩所でのいきなりのハイテンションに頭がぶわーんとなった後、車は南投県
の奥深くまで入っていく。こんどは山道をうねうねと登っていくのだ。
一時間強走ると、山の中腹の村のようなところに着いた。
「セデック・パレ」みたいなかっこいい山の民がうろうろしてるんかと思った
けど、今は普通の村だ。

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ここは霧社事件の記念碑やモニュメントがあるところのようだ。

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事件のあらましが書いてある。

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こっちはモーナ・ルダオって書いてるんかな。

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あの映画にも出てきたような気がする。威厳があるなあ。
この山の向こうの、

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はるかかなたに山の民が住んでいたのだろう。

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その先は中央の山脈を越えて花蓮県になり、東海岸になる。
因みにここらあたりには昔、首刈り族が住んでいたのだそうだ。
首刈り族=野蛮、未開、劣った人たちなんて考えるのは大間違いだ。
違った風習を持つ文化に敬意を払わなくてはいけない。
わしらも明治維新までは立派な首刈り族であった。戦をすれば首をあげるのが
誉だったのだ。他国からみれば野蛮人と思われていた。
そのわしらの文化もどこまで成熟しているのやら。
まあしかしわざわざここを目指して来たわけではなくて、日月潭やら凍頂、埔里を
訪れる計画を立ててた時に近くにあるやんと思い、寄り道をすることにした
程度なんで、通行人感覚でへんな感傷にふけってたら失礼に当たる。
で、下の方に湖みたいなんがあるんでついでに見に行った。

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見晴らしのよい場所の横に学校がある。すでに廃校になってるようやけど、見学
できそうだ。

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中に入ると子供の画が貼ってある。
こんなんええねえ。
懐かしい。


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ありがとうございました。