映画、「バスキアのすべて」

富岡鉄斎は、「私の画を見るなら、まず賛を見るべし」と言った。
与謝蕪村の画にも、俳句あり、賛ありだ。
始めに画があったとしても、画が創った詩的空間と賛が描いた詩の世界が渾然となり一体となって
画のなかにおのずと物語りを創りだす、そういう世界があったらええなあと思っていた。
この映画を見て仰天した。バスキアの画はメッセージに溢れている。
詩とか賛とかそんなあまっちょろいものではないのだ。直接的なメッセージがぐさりぐさりと
投げつけられているのだ。
そこに強烈な画がはじけている。
時にはメッセージが大きく線で消されている。「そうした方が印象に残るだろう」というのだ。
鋭い線、鮮烈な色彩。大胆な画面構成。
一見、でたらめに描きなぐったように見えそうだが、周到な計算がある。
やっぱりニューヨークの街でアンダーグラウンドにスプレーやペンキなどでメッセージを描きなぐる
ことから始まった発信力の強さがいつまでもそこにあるようだ。
しかし、こういう人でも、若くして一気に名声と現金を手にしてしまうと、あっというまに壊れて
しまうのだった。
せっかくアンディ・ウォフォールに認められたというのに。
それがいかんかったのかもしれんね。
いろんな意味で気に入られすぎた。
向かう方向は全く違うが、こういうメッセージの強い作品を見るのは大好きだし、勉強になる。
触発もされるし、参考にもなる。
残念だったのは、映画の中で画を見せる時間が早すぎるということだ。
しっかり見ときたいと思っても、印象に残る時間すらないくらいだった。
もうちょっとじっくり見させてほしい。
いいことばっかり言ったような気がするが、私自身の好みとすれば、作品にも品格が必要と思って
いるので、その面では必ずしもそういう印象を受け取れたわけではなかった。
簡単に言えば、すごいけど、真似はしたくない。

eiga110224

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