高瀬川あたり

こないだたまたま落語を聞く機会があった。
桂春蝶という人だ。先代は聞いたことがあるが、この人は初めてだった。
落語だけでなく、関西の古典芸能を盛り上げるためにいろいろ頑張ってはるようだ。
其の話で、「皆さん、『先斗町』ってなんでこの名前がついたかしってはりますか?」と言う。
「鼓ってあるでしょう。皮が貼ってありますなあ。皮をポンッと敲いたら、『ポンッ』と
音がなりまっしゃろ。皮が川で加茂川、もういっこの皮が川で高瀬川、『ポンッ』と敲いたら
その間が『先斗町』というわけだ。こんな事よそでゆうたらあきまへんで。笑われまっさかい・・・
というような話であった。
最近、京都に行く機会が少し増えた。
先日も、四条から三条に向かって歩いていて暑いから、日蔭の多そうな川沿いの道を歩いた。
それが高瀬川だった。歩きながらこの話を思い出してにやっとした。
「うまいこと言うもんだ」
高瀬川のあたりもなかなか風情がある。
京都は疏水がそのそばが涼しくていいし、雰囲気もある。味のある景色だ。
ちょっと橋をわたれば細い露地があって、一杯飲み屋とか御茶屋さんが並んでいる。
京都らしい。
見れば、古い看板を掲げた酒屋さんがある。
ああいう看板もあまり見なくなったが存在感があっていい。
酒が美味しそうに感じるではないか。
酒が好きだからそう見えるだけ? そうかもしれない。
三条が近づいた。
[角倉了以」の記念館みたいなのがある。
高瀬川を開いた人なんや。
俵屋宗達や本阿弥光悦の時代。
今日の街の町衆が一番元気のあった時代だろう。
京都街が外に向かって大きく開き、さまざまな文化を発信していた頃だ。
京の人は進取の気概に富むという。
こういう人達が創り上げた気分が残っているのだ。
これからも優雅で昔懐かしいがしかも元気を発信している街であってほしい。

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