映画、「李藝」を見た

昨年末に雪舟の画を見に山口市に行った時に、呉市安浦町の友人を訪ねて、瀬
戸内海の名勝を案内してもらった。その際に下蒲刈町と言うところを通ったら
朝鮮通信使が来た史跡というのがあった。釜山から対馬沖を通って日本に着い
たら、都に上るには陸路よりも瀬戸内海をそのまま航行した方が便利で早いに
違いない。そのルートとして、又、風や潮が都合よくなるまでの逗留場所とし
て丁度よかったのがこの場所だったのだそうだ。
その時は、朝鮮通信使か、日本と朝鮮や中国は昔から交流が深かったんでそう
言うことはあったんやなあと深く考えずにいた。
しかし、この映画を見て驚いた。「李藝」と言う人は何度も何度も日本に来て
いるのだ。対馬や九州で40数回、京の都でも4回と、当時にしては凄まじく多い。
何がこの人をそうさせたのか。
その足跡を追うドキュメンタリーなのだ。

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何がこの人をそうさせたのか。
幼い頃、倭寇に母をさらわれたらしい。
日本に行けば、いつか母に巡りあえるかもしれないという気持ちなのだろうか。
朝鮮と日本の国交を円滑にする努力をしながら、倭寇に連れ去られた朝鮮の人
を連れ戻す活動もしていたらしい。
素晴らしい人ではないか。
思えば、万葉の昔から朝鮮と日本は交流が深い。日本人のルーツを辿れば、相
当な割合で血が交じり合っているはずだ。戦火を交えたこともあったかもしれ
ないけど平和な交わりの方が多かったはずだ。
ぎすぎすしないで、又、優しく交流できる時代になればいいのにと思う。
そういえば、私は殆ど韓国には旅行に行っていない。嫌いと言うわけではない。
興味は十分ある。何となく機会がなかっただけなのだ。
近いうちに是非行けたらと思っている。
「李藝」に出て来た韓国側の史跡も行ってみたい。
これは、下蒲刈町に残っている船着場の石段だ。映画にも出てきた。

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瀬戸内に入るとまず、この港に入ったのだそうだ。

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今も茫洋として、長閑なところだ。
こういう屋敷に逗留して潮待ちをしたのだろう。

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映画で「李藝」の足跡を辿る瀬戸内の旅は、もうどの港も寂れてしまって、往
年の面影はない。
歴史の中に消えてしまいつつあるのだ。

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ありがとうございました。