岡本貴也、「竹本義太夫伝 ハル、色」。
概要。
天王寺村の百姓のせがれが、畑仕事の合間に浄瑠璃を聞いた。
いたく感動した。
わしにもできるやろか。聞き真似で一人勝手に練習する。
ある日、それが認められて、小屋掛興行に雇われる。
そこからが五郎兵衛のいや、後の竹本義太夫の波乱万丈の人生の始まりだった。
大阪の街、京都の街で、生まれた義太夫語りが、興行として息吹き、弾けて、豊穣となっていく、その先駆けを駆け抜けた男の物語だ。
いい原作話があるだけではあかん。声がおおきいだけではあかん。熱意があるだけではあかん。いかに大衆の心を掴むか。いかに泣かせるか。いかに笑わせるか。いかに感動させるか。
さまざまな工夫の上に道ができる。
読んでみたら。
文楽劇場に行って、ちょうど太夫さんの真下の席がとれたことが何度かある。人形劇の舞台は若干見難いときがあるけど、やっぱり語りが聴きたいと思ったからだ。
これが人間国宝の語りか。思い切り感動した。
語りは、かなり昔の上方言葉。大体はわかるけど、時々、正面の大型LEDが頼りになる。ちら見しながら話を追う。それでも山場に来ると、聴くのに夢中。太夫が声を振り絞って嘆くのを聴くと、思わず、知らず、不覚にもわしかて泣いてしまう。
なんて哀しいんやろ、何て切ないんやろ。なんて不条理なんやろ。それは、二人で死ぬしかないやんか。
これが芸なのだ。
確かに、人形使いの芸もすごいもんだ。人間国宝の機微を見せてくれはる方もいてる。
それでもこの世界では、太夫の方が上なのだ。
前に、人間国宝の日々の暮らしを追うドキュメンタリー番組を見たことがある。
ここまで来るひとの努力と研鑽はすごいもんだと感心した。
道を極めるのは並大抵ではない。
こういう道がどうしてできたのか? その黎明期はどんなんやったんかといろいろ考えさせてくれた本であった。
締めくくり。
文学的にどうなんやって話は、わしにはわからんけど、とても読みやすかった。
そして、なにより、文楽、ながいこと行ってないなあ。又行かんとあかんなあって思わせてくれた。
昔の粋人たちは、文楽愛好者たちは、話の隅々まで覚えているのはもちろん。ここであの太夫やったらどう語る。あの人形師やったらどう遣うなんてことは詳しく知っててあたりまえという前提で文楽を楽しんではったらしい。そんな暇もお金もないのが哀しいなあ。
とても面白い。
おすすめ度 星3つ半。
西條奈加、「よろずをひくもの お蔦さんの神楽坂日記」。
概要。
大正、昭和なテイストの小粋なミステリー。
ちょっとしゃれた短編集だ。
日常の暮らしのなかで、起こった普通の出来事が実は謎やら疑問やらで気になってしょうがないことがある。謎も解けない解決もできなかったら悔しくてもどかしいだけ。
訳知りの元芸者お蔦ばあさんのおかげでそれがすっきりしていくというお話し。
読んでみて。
・よろずを引くもの
商店街で思わぬ万引きが発覚した。でもなにやらわけありげ。
もしかして?
・ガッタメラータの腕
腕がなくなった。といっても美術部の先輩の作品だ。
誰かが盗んだ? お父さんのエプロン?
美術部 腕とエプロン
・いもくり銀杏
お兄ちゃんは妹を守る。その意気やよし。
・山椒母さん
思い出の銀扇。
・孤高の猫
どこに行ってもいじめられる男の子。
猫のハドソンは?
・金の兎
父と母の思い出の品? じつはもっと深い?
締めくくり。
生活のちょっとした場所や、出来事にミステリーを見つけることができる。
それに、食事係の僕がつくる料理の話と小さな恋の話がからんで軽妙で爽やかだ。
ゆるっと楽しめる。
おすすめ度 星3つ半。