九度山暮らしのある日、高野山、町石道、幻の百八十一町(丁)石を教えてもらった。

高野山、町石道、幻の百八十一町丁石を教えてもらった。

毎日のウォーキングのコースの一つに慈尊院というお寺がある。このお寺の境内から
上にある丹生官省符神社に登る階段の途中にこんな石がある。

これは町石(丁)と言って高野山からこの慈尊院までの参詣山道に1町(丁)ごとに石塔が
建てられていて、高野山の起点を1番として、180番目まであるというやつだ。

道標でもあるし、行程の目安でもある。

普通は上りやから番号とは逆の順を辿る。道は奥の神社の右側を登っていく。

20km強の道のりはかなり長い。普通の人やったら、6時間以上かかる、わしのような
爺さんやったらもっとかかる。そんなときにこの石塔卒塔婆を見ながら歩くとちょっと
ずつ数字が減っていくんで随分励みになる。
因みに、ウォーキングをしてると毎日のように、土日祝は特に、登山姿で、時には
ランニング姿で登って行く人がいてるけど、町石に気がついてる人もいれば、気にしない
人もいれば、全く知らない人もいる。
長時間歩くと結構退屈やから知っておいたほうが暇つぶしにええかもしれん。
まあ、それはええとして、180番で終わりのはずやのに幻の181番目があると聞いた。
誰もしらない幻の・・と言われるととても気になる。
近くを探してみよう。

慈尊院の山門を出て、国道までの道をたどってみる。
門の付近や家の軒下なんかをキョロキョロしながら道路をすぎて、川べりまで行ってみるけど
そんなん見当たらへん。

そレも当たり前。何の根拠もあてども無しに探しても見つかるはずがない。
ちゃんと知ってる人から聞かんとあかん。
てなことで、そういうことを研究してる人がいてはるらしく、その人から聞いた人に
教えてもらった。
方角は間違ってなかった。
慈尊院から北に国道までドンと行き抜けて、信号のところを西に曲がる。
それから最初の路地を北、川の方に曲がるとすぐ右側に石塔卒塔婆がある。
これがそうらしい。紛れもない町石(丁石)の姿をしてる。

どこを見ても百八十一町(丁)とは書いてないけど、あるいは見えない裏面に
書いてあるんかもしれんし、

正規のモンではないんでそう書いてないんかもしれん。

それを研究された方の論文にはちゃんと経緯が書かれてるとおもうけど、通りすがりの
わしには知るすべはない。
なるほど、これなんかと思う。
ここは船着き場跡のすぐそばだ。それとここにある川に並行したみちは昔の街道なんやと思う。
街道を歩いてきて、あるいは船でやってきて、昔は紀の川を船で上り下りするのも重要な
交通手段やったみたいだ、やれやれ着いたかと山に向かうちょうどそのあたりに最初の
町石を特別に寄進したがった人がいたんやと思う。
番外編やね。
ここには下乗の石の跡というのもある。
えらいお方が籠や馬でやってきてもここで降りるということなのだ。
高野山には心をあらためて、神聖な気持ちで、自力で登らんとあかんということやったのだ
そうだ。
規則というよりは、そうせんとご利益がないで、悪行の数々が許されてきれいになると
いうことが叶わへんでといわれると、その気になってしまうんかもしれん。
超お偉い方々もこけつまろびつ歩いて登られたという記録があるそうな。
ありがたいことではないか。

181番目があってもなくても別になんもないけどね。

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ありがとうございました。