江戸切子のグラス

最近知り合いに江戸切子のグラスを頂いた。
「切子のグラスやったら持ってるけど」
と思いながらもありがたくいただいた。それで家にあったのと比べてみた。こっちは
切子は切子だが特に何というわけではなくて唯の切子だ。見た目にはよく似ている。
殆どそっくりだ。しかし、何かが違う。元からあるほうがどことなく安っぽいのだ。
明らかにガラスの素材が違う。ぬくもりのある明るさと滑らかな透明感がある。
それにカットの具合もかなり違う。こちらは繊細だ。
それでグラスの中を覗いて驚いた。
前からある方は、中を覗いても外からみたまんまだ。
こちらの方は、外にない模様が中からは見えている。微妙な光の反射と屈折が新たな
模様を作っているのだ。勿論作為的に作られているのだ。
「ほう、なかなかの技がしこんであるんやね」
やっぱり伝統工芸の味はいいものだ。
酒も一段とおいしくかんじられるものだ。
形としては小型ビールグラスというものだろうが、日本酒やウイスキーを常温で飲む
のに丁度いい大きさだ。
錫の片口に日本酒をためておいて、そこからこのグラスにちびちびと注ぎながら
やるのが一番だ。
ずっと前に大連に時々行ってた時に大連切子が有名だと言う事を聞いた事がある。
それで時間の合間に大連切子を探しに行った。
確かにあったが、これはひどいものだった。
ガラスをカット細工したというだけのものだ。
「これで切子はないやろ」と憤慨したものだ。
切子だけにかぎらず、コストや経営効率みたいな事で伝統工芸がすたれて行くのは
非常に残念なことだ。
良い物を知らない。だからいいものを愛せない。そういう世代に変わっていってほしく
ないものだ。

kiriko100705

毎週月曜はこだわりのモノの話です。