オルハン・パムク、「わたしの名は赤、上、下」
この人の作品は結構難しいなあと思いつつ、気が付いたら手に取っている事が多い。
今迄読んだ作品は殆どイスタンブールが舞台であった。
ヨーロッパの文化とアジアの文化の、まさにジャンクションたる場所だ。
その街の独特の空気をすばらしく描写しているように思う。まだ行った事のない街
だが、そこに住む人々の暮らしの様々が目の前に立ちあがってくるようなのだ。
そんな中で、この本は今迄読んだ中で一番素晴らしかったと言っても良いほどだ。
しかも、ハヤカワepi文庫に収められ、ミステリーの書棚で売られていた。
ペルシャの細密画を巡る、絵師の殺人事件の物語りだ。
しかしまあ、それはそれでいいとして、画の技法をめぐる天才と言われた絵師達の
葛藤の話が素晴らしく面白いのだ。
伝統的な手法を極め尽くすことで、様式のなかに永遠を閉じ込めることを綿々と
やってきた人達にとって、遠近法や光と影を駆使した西洋画が与えた衝撃は何だったのか?
そういう西洋画を学びとりいれる事が果たして進歩なのか?
様式の中に永遠を閉じ込めることの意味は何なのか?
才能とは何か?
個性とは何か?
画に署名は必要なのか?
署名のない画、様式の極みを極めた画、個性の介在しないはずの画にも必ず絵師の
足跡が残る。それをどうやって探っていくのか?
それが犯人探しに辿り着くのか?
窮極の天才絵師の最後は盲目になることを願うと言う。
何故なのか?
中国が基本になる水墨画を学んでいる身としては、この本に出て来る議論は実によく
わかる。
いかに本当らしく現実を写すことよりは、画の中に、絵師の考える世界を創りあげること
こそが画をかく目的だと考えれば、必ずしも西洋画風の技術は必要ないのだ。
細密画のような画というのを全く見た事がないわけではない。しかし、そこに込められた
物語りなどについては考えもしなかった。
この本を読んで、イスラムの文化、インド、アジアの文化、中国の文化、西洋の文化、
それらが融合しながら独自の様式を創っていった細密画というものをそれに込められた
物語りを想像しながら是非共見てみたいものだと思った。
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