先日、昔の仕事仲間と酒を飲んだ。
かなり古い友人たちだ。遥か若い頃、ある種の仕事を一緒に立ち上げたと言える
仲間たちだ。この当時の上司や同僚を含め仲間達で年に2度くらいの飲み会があるのが
一つのたのしみでもある。
この時に、「○○さんが亡くなったって知ってる?」と言われた。
「そんなん、初めてきいたで」と驚いた。
「大分前に転職しはったよなあ」
「その後、じきに亡くならはったんですよ」
○○さんは、変人というわけではないがちょっと変った感じのする人であった。
何事につけ独特の考えを持っていてそれを表にだすわけではないが、じっと大事に
しているという感じだ。
特に音や音楽には敏感だった。
自分でも真空管のアンプなどを作っていていろんな蘊蓄があったが、
「ええアンプができた時、それはそれで音を聞くというより、測定器で見ていていて
その波形が美しいのが一番満足なんや」というような意味の事を聞かされた時、
何と言うマニアックな人なんやろと感心した事があった。
大抵のクラシックの曲はよく知っていて、ふと流れている曲でも、
「これは□□の△△ちゅう曲なんや」とすぐ教えてくれた。
何かのきっけかけで知り合いになって、また何かの都合で疎遠になってというのは
よくある話だ。何事も一期一会とおもわなればしようがない。
そして又あるとき、ふと何かのはずみで再会して、「あああのときの●●さん・・・」と
懐かしく話ができるときがあればそれはまた人生の幸せと言えるではないだろうか。
しかし、死んでしまえばもう会うことはない。
○○さんはまだ十分若い時に亡くなったわけだが、これから先は知人が少しずつ
減って行くのだろうか。
私が先だろうか?
感傷にふけってもしょうがないが、○○さんの事を聞いた想い出に、レコードを
引っ張り出して聞こう。ご冥福を祈る。
ジャズ・アドヴァンス/セシル・テイラー
唯一○○さんがほめてくれた私のレコードだ。
セシル・テイラーのピアノが素晴らしい。
聞いていて思ったが、「当時の前衛がいつのまにか古典になった」というような事は
実はなくて、「前衛はいつまでたっても前衛なんや」という事だ。
破壊と創造やね。
リヒター/バッハ、音楽の捧げもの
音楽は素人の私に○○さんが、「これ聞いたらええで」と勧めてくれた曲だ。
「素晴らしい古典はいつまでたっても素晴らしい古典なんや」と思った。
ゆるぎない正統やね。
二つのレコード、以前にもブログで登場したことがあります。
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ありがとうございました。