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江蘇省食の旅-20、蘇州、朱鴻興の麺

翌朝、起きた。
「どこ行こ?」、「やっぱり麺が食べたい」昨日の麺の記憶もあるし、
「あの、「朱鴻興」の本店に行こか」
それを待ってたのだ。前は支店だったのやっぱり本店に行きたい。
前に蘇州の有名な麺の店、「朱鴻興」の話をした。
「美食家」と言う本の話だ。その中で、その美食家、朱自治と言う人が、「朱鴻興」へ朝
一番に行くのは、麺を湯がく湯が濁るのをきらって一番湯の麺を食べに行くと言う話で
あったという話をした事がある。
それだけではない。
・・・・・・・・・・・・
給仕がなぜしばらく時間をおくかというと、客に食べ方を命じられるのを待つからである。
硬麺、やわらかめの爛麺、つゆたっぷりの寛湯、つゆのすくなめ緊湯、具をあたえた拌麺、
ニンニク葉の多い重青、ニンニク葉ぬきの免青、油の多い重油、油の少ない清淡、大もり
で具の少ない重麺軽交、逆の重交軽麺、過橋ー加薬を麺にかけずに別の皿に盛っておき、
食べる時に麺をはしではさんで、鉢と皿と口をちょうどアーチ式のメガネ橋を渡すように
して口にはこぶ・・・・もし客が朱自治であったなら、給仕の長々とさけぶのが聞こえる
であろう。「いらっしゃーい、清炒蝦仁いっぱーい、寛湯・重青・重交・過橋にして、
硬点!」
・・・・・・・・・・「美食家」陸文夫著 松籟社刊より。
もちろん今はこんな食べ方はしない。客の方がこんな芸当はできなくなっているのだ。
しかし、こんなこだわりの世界で老舗を保ってきた店が今はどんなものか是非感じてみたい。
朝の通勤時間帯だ。なかなかタクシーがつかまらない。
「ほんならバスで行こ」出た得意のパターンだ。
何番のバスに乗って、どこで降りたらいいかちゃんと頭に入っているのがすごい。
満員のバスで最初は体を小さくして手すりにへばりついていたが、段々前に押されて
前もすいてきた。と思う頃着いた。観光老街のまん前だ。そこから歩いて店に向かう。
「おお、あれやで」なかなか古めいた店が見えて来た。
「注文はまかしとき」やっぱり老師がたよりだ。
本の中に書いてたように、皿と麺が別になっている。本のように口のさきで器用に
三角食べはできそうにないから、鉢の中で混ぜて食った。
「うまい」
麺がおいしいのだ。前に食べた支店の麺と全然違う。勿論昨日の麺より旨い。
上海の蘇州麺なんか問題にならない。
「何が旨いか?」説明は難しい。ゆで方も、麺の硬さも、出しの具合も、そんな大きな
違いはないのだ。しかし、何故か旨いのだ。
具の田鰻とか魚と絡めて食べると、これがまた旨い。
「ええなあ、幸せやで」
今日はいい日になりそうだ。

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